リハビリ病院へ〜回顧録9〜
2006 / 04 / 02 ( Sun )

転院の話がでてきても、妻は口が硬直して開けられず、今だ
経管栄養のまま。退院までに少しずつ口から何か摂れるように
ということに。


■200日目
ナースステーションで挨拶をした看護師が「だんなさーん」といいながら
病室へ入ってくる。
「今日は氷片を口から摂ることができましたよ!」と第一声。

ここまで、200日。このときももううれしくて、うれしくて。
看護師さんも同じ思いだったのだろう、声のトーンが弾んでいた。


動く左手で、自分で食べられるようになるといいですねとの事。
ここから、食事に関しては第一歩となる。


■203日目
今日はプリンを2,3口食べられたそうだ。
ただ、舌を使って奥へ押し込む動作が上手くできていないようだ
と看護師。

■204、205日目
左手でスプーンをもって、数口ならプリンを食べることが出来るよう
になる。また、パジャマのボタンも1,2つならゆっくりではあるが、
止め外しができるようになったとの事。


■206日目
リハビリのA病院への紹介書をもらい、見学の日を予約する。
誤飲のないようにするといった食事、口腔の療養計画について
看護師から改めて説明を受け、了承する。

■209日目
A病院へ見学へ。年輩のSWの方が対応。第一印象はやや事務的で
役所的な感じのする方だった。発症からのこと、症状、現状について
詳しく聞かれる。
この病院も本来は発症後3ヶ月以内の方しか受け入れられないこと、
リハビリ期間も3ヶ月が目処であること、2ヶ月目にはその先のことを
相談していくことなど、足早に説明を受ける。まだ若いのと、同市内の近くに
住んでいるとのことから、ここの院長がなんとかしてあげたいと
の考えを持っている、受入れようとのことらしい。
別の若いSWの方に院内を案内してもらう。

本館?の建物は古いが、新館には日当たりの良いリハ室もある。
この新館ができてから、リハビリ師も増え、STも5〜6名おり
言語療法も盛んに行っているようだ。病室内は患者のプライバシーの
問題もあるので案内してもらえなかったが、一般病室はいずれも4床との事。
廊下ですれちがう患者さんは、申し訳ないがやはり高齢の方ばかり・・・
自分がもっとも懸念していた言語療法がしっかり行ってもらえそうであった。
うちへ帰ってから、その印象を大学病院のSWへ連絡し、面会時には
先生にも報告する。


■212日
A病院から電話があり、病床も空くので、受け入れOKとの事。
(後で聞いたのだが、若さ故に、可能性も残っているので、早くリハビリを
行った方が良いと優先的に順が回ってきたようであった。)
大学病院に着いてから、本人にも伝える。
分かっているのかいないのか?だったが、うなづいてはくれる。

■215日
いよいよ明日退院。病室でちょうどヨーグルトを食べさせるところだった
ので、だんなさんもやってみますかということで、看護師に代わって
介助。6口ほど食したところで、疲れたのかもういいといった感じの
反応。ベッドの背もたれがやや立ちすぎていると感じたので、少し
寝かせる。急患のため、最後の医師の話がきけず、これも明日となり
明日の朝は入院費の精算など、どたばたとしそうだ。

リハビリのA病院へやっと転院。このときはすぐに
舞い戻ることになろうとは思いもしなかった。

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テーマ:闘病・入院 - ジャンル:心と身体

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