ついにこの日が。 (最終回)〜リハビリ回顧録5〜
2006 / 04 / 27 ( Thu )

在宅訓練も終え、いよいよ妻がうちへ戻る日が。


■497日目
リハビリ病院の看護師から、退院後の大学病院への検診の予約を
行うか否か聞かれる。
脳外科はすでに前回予約してきているが、血液内科は特に再診
しろとも言われなかったし、
予約はしていないと伝える。
白血球の数が相変わらず少なくて、やはり膠原病が疑われると
リハの内科医が思うのならば予約を入れてくれと伝える。
リハ病院から大学病院への連携はイマイチだな〜。


■499日目
リハ病院の看護師よりやはり血液内科も受けた方が良いと
のことで内科医より予約を入れたと聞く。
昼には、訪問看護のステーションから入室スケジュールの
確認と主治医の指示書の提出を依頼される。
毎週1回入ってくれることが決定。


■502日目
いよいよ残り1週間を切る。在宅介護に向けて細かい介護グッズ
(紙おむつとか、ヘルパー用のディスポの手袋、防水シーツ等々)
を買う。妻の夕食を介助。ご飯の盛りが少ないこともあり、10分
足らずで食べられた。食後はトイレ、歯磨きも自分が介助する。


■504日
以前に断られた隣の市のNPOの主催者が、知人で、妻本人の状態を
見て自分でも出来そうだったらやってもいいと言う方が居ると聞く。
しかし、一人だけなので、代わりもいないこと、
すでに業者も決定
していることを伝え丁重に断る。


スタート時は、身障者の支援費制度による受給時間は全然少なくて、
巡回型のヘルパー派遣のA社+長期滞在型のB社+デイサービス
(当初は週1回)+足りない時間はB社のヘルパーが家政婦扱いの実費
で入ってくれる(こちらの方が料金的に安い)ということになった。

■506〜507日目
PTの方に歩行等についてメモ書きで質問をし、回答を頂く。
STの方も在宅でできそうな訓練用の資料をコピーしてくれた。
最後の入浴日でもあったので、それに必要なもの以外は
うちへ少しずつ持ち帰る。


☆508日目☆
倒れてから約1年5ヶ月弱。ずっと入院生活だったけど、
ようやく妻が退院。


薬局で薬をもらい、看護師からは在宅介護の手引き
や主治医、デイサービス等への申し送り書などを渡される。

3時半頃、B社の経営者が来て、契約の説明と本人の容態を確認。
契約書は後日となる。

5時半には、A社のヘルパー(初めはセンター長が入室)が来て
契約説明、契約の他、トイレ介助なども行って帰る。

夜は、夏で暑いので、シャワーだけ自分が介助して浴びさせる。
妻もさっぱりしたのか、気持ちよさそうだった。
うちに帰って寝るまではずっと車いすとテーブルのイスに
座っていられたが、さすがに夜は疲れたのかすやすや寝ていた。

☆今回で、妻の発症から退院までの回顧録は最終回☆

だらだらと、まとまりのない記事を続けて読んで頂き
ありがとうございました。


ブログはこれからも更新していきますよ^^)
頻度的にはso-netの方が多くなるかもです。

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在宅へ向けて    〜リハビリ回顧録3〜
2006 / 04 / 16 ( Sun )

水頭症のシャントもようやくトラブルなくきており、リハビリは順調
いよいよ在宅へ向けての準備を。


■440日目
有休を取り、看護師より、日常生活面の事、各リハビリ担当より
くんれんの状況を聞く。お義父さん、義妹も同席。

(看護師より)
食事、排泄、整容など日常生活面について説明。
こちらから確認、介護の疑問点について質問をする。

(OTより)
自発性に乏しいが、ハミガキ、洗面など片手でやっているそうだ。

(STより)
発話はきわめて少なく、あいまいな点も多く、読み書きは厳しい。
自分の名前はなんとか書いている。

(PTより)
訓練室にて、数段の段差(階段)の歩行練習、入浴介助
(着衣のまま)の方法を学ぶ。用具についてもアドバイスを
頂く。


■443日目
病室にはいると、ちょうどPTの方がいて、メモを残そうとして
いたところとの事で直接話ができる。
段差を18cmまで上げてもなんとか足が上がっているとのこと。
自宅に訪問して、玄関、風呂場等の手すりの取り付け位置など
を確認したいとのこと、妻も連れて行くことに。

■450日目
市役所の聞き取り調査のため有休。
障害福祉課の方が他市にあるこのリハ病院まで来てくれる。
妻のベッドからの立ち上がり、車いすへの移乗などを見る。
ベッドの助成申請、車いすの申請などを行う。
身障者の支援制度の申請も行うが、やはり朝から晩まで
ヘルパーに来てもらうというのは厳しいとのこと。
昼は社会福祉協議会のランチサービスを利用してはとの
アドバイスを頂く。


 


 

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私も帰る!!   〜リハビリ回顧録2〜
2006 / 04 / 15 ( Sat )

三たびリハビリ病院に戻ってから、1ヶ月がすぎる。
ただ、GWもあり、その間リハが休みなのはもったいなかった。


■409日目
はしも使って食事をしてみる。おかゆ、野菜などを食べる。
20分くらいで食べられるように。
トイレ介助を体験。院内のトイレはもちろん手すりつきで
思ったよりしっかりと立ってくれるので介助は楽だった。

■411日目
妻の実家へいき、お義父さん、義妹を交えて、話し合う。
お義父さんは相変わらず何の意見も言わないが、義妹さんが
ネットで調べた物をくれる。

いきなり在宅は厳しいだろうから、先生の言うように療養型か
可能なら別のリハ病院等でリハビリをしてワンクッション置いてから
実家に移り住むのが良いのではということになる。
在宅だと実家に住むことになりそうなので、間取りや
各所の採寸もさせてもらう。
面会時間がすぎて、帰ろうとすると、
妻も「私も帰る」といって起きあがろうとする。
危ないので懸命に諭すがなかなかわかってくれない。

妻も何か懸命に話そうとするが、言葉が出ずにしまいには泣き出す。
もうだいぶ時間が経ったのに落ち着かず、自分にも「帰るな」と
言い出す。看護師を呼んでなだめてもらう。
その間にだんなさんは帰ってということでお任せして帰ることにする。
他の看護師に事情を話して、職員通用口のカギを開けてもらい
外へ。
(面会時間が過ぎると、病院玄関にカギがかけられてしまうため) 


 それから、病院へいき、


■417日目
今日は久しぶりに病室を出て、リハビリ室にてリハビリを行ったと
隣の方に聞く。「だんだん目が澄んできてきれいだね〜」と言われる。

■421〜422日目
また、血液検査で白血球の数が減ってきたのか、病室内でのリハとなり、
食事も一人で病室で。風邪引いているヒトや熱のあるヒトもいるから食堂
に行かない方がとの配慮らしいが、逆なのでは?とも思う。
入浴も控えさせられ、「レジオレラ菌でもいるんかい?」と思ってしまう。

病室が狭いせいか、なんか閉じこめられているようだし、リハも捗らない
だろうと訴える。

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三度目のリハビリ病院転院  リハビリ回顧録1
2006 / 04 / 13 ( Thu )

三たびリハビリ病院へ、シャントトラブルもなく、リハビリ最終章へ


■378日目
リハ病院の医師よりTEL有る。
白血球の数が減少しているとのこと。
飲んでいる抗けいれん剤の影響では?との事で
しばらく服用停止に。
しかし、けいれんが起こりやすくなるリスクは生じる。
(ただ、この薬は倒れる前から10数年も飲んでいるから、
いまさら副作用もないと思うのだがと伝える)

抵抗力が弱くなっているわけでから、感染症とかも心配。
「こんばんは」と言うと「こんばんは」と返ってくるように。


■381日目
(お見舞いに来ても、あまり話をしないお義父さんに
対し、もう少し声をかけるなりしないと、退院後が少し不安だと
日記に書いている。このころから在宅介護への不安を
感じているようだ)


■386日目
検査の結果、やはり白血球数が少ないこともあり、大学病院の検診を見合わせた方が良いとリハ病院の医師。わざわざ人混みの多く、風邪も流行っているこの時期に
外に出すのはかえって心配とのこと。大学病院の受診日にはCTや血液検査の結果、抗けいれん剤の件などを携え、自分一人で行くことになる。

■389日目
大学病院へ、自分一人で赴く。抗けいれん剤の投与歴なども聞く。妻は倒れる前から
テグレトールという薬を飲んでいたが、途中でフェノパールが投与されているので、理由を聞くと、後者はシロップに入れて飲めるものだからということで、錠剤ではムリなときに飲んでいたようである。血液検査を何回かリハ病院で行ってもらい、その結果、上昇してくれば他の薬の検討、横ばい、減少するようなら血液内科にも一度診てもらうことになる。
リハ病院で撮ったCTに異常は見られない。

戻ってリハ(PT)を見学。廊下で車いす〜置いたいすの間をPTに支えられ、なんとか歩いていた。右のつま先の尖足がひどいので、これがなくなるともっと安定するとの事。


■392日目
PTの先生より、専用の装具を作る話と、杖の購入の話。そこまで歩けるようになる可能性があるとは思っても見なかった。妻はなにか長々としゃべってくれるが・・・意味が全然
わからなかった。
妻と一緒に杖をカタログから選ぶことに。装具はまず型取りにくるとの事。


 


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23 : 00 : 20 | 発症〜入院期の回顧録 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
再びシャント解消を〜回顧録13〜
2006 / 04 / 09 ( Sun )

リハビリ病院へ戻るも、またしてもシャントトラブルに見舞われ、
水頭症再発のため、大学病院へ再び戻ることに。


■329日目
転院当日。今日になってリハビリ計画書にサインを求められる。しかも前回入院時のもの。日付も前回大学病院へ戻った後という有様。

しかも今回のは先にもらっているから、激怒する。リハの計画書だから、初めのころに回すのが普通だろうと抗議。看護師間での回覧に時間がかかった上に、急きょ転院されたからなど詫びられるが、もう再び転院する日だというのに。

先にも看護師については書いたが、どうもこの病院の体質だろうか、看護師の動きがいまいちな点が目に付く。(大学病院のICUや脳外科と比較するのが酷というものかもしれないけど)

リハのST、PTの方が転院知って、挨拶に来てくれる。また戻ってきたら、自分たちが担当したいとの事。

大学病院に着いて、入院手続きのあとは、一通りの検査。

■330〜337日目
バルブの圧設定を一番低くして、水を流れやすくして、様子を見る事に。
何度も手術をしており、出来れば即手術は避けたいとの判断。
少し脳室が小さくなってきており、水が抜けているようだとの事。
もし、詰まったら、全交換にするか、詰まった側だけにするのかなど、病院内で
カンファレンスが行われる。
食事はなかなか食べないので、再び経管栄養のチューブ挿入かと思われたが、
なんとかミキサー食から、刻み食へと移り、少しずつ食べていた。

■348日目
食事はなんとか30〜40分で食べられるようになるが、水分の摂取が少ないのが気になる。うなづきはするが、発話はない。
脳室の大きさが安定してきたこと、調子もここ1週間ほどは変わらないので、次週のCTの結果次第で、リハビリ病院3へということになる。


■351日目
CTの結果、転院のはずが一転して手術に。脳室が拡大してきているとのこと。
おそらく、シャントを全交換になるが、バルブはまた可変式にするか、低圧固定に
するかは部会で検討中とのこと。

■357日目
予定通り、朝から手術開始。
AM8:40手術室へ。

AM10:50頃、看護師のYさんが私ととともに来るようにと、手術室から連絡が
入ったとのことで、エレベータで手術室へ。「嫌な予感がする」(術中に何か起こった
のではないかという)と看護師へ言う。

このYさんはいつもてきぱきしており、説明などもしっかりしてくれ、とても気さくな
方なのに、エレベータ内では二人とも無言のまま。

手術室脇の事務室みたいな部屋に通されると、手術着のままの担当の
先生2名が。

シャントを全交換の予定だったが、頭、腹部同時にすすめていると、腹部側から
は、シャントのバルブを押すと、ポタポタと水が流れてはいたため、お腹側だけ交換することに。何度も手術しているので、極力頭側は執刀を避けたいとの事。

術中に、出血したとか、容態が急変したとかでなくてホッと胸をなでおろす。


帰りのエレベータ内では、看護師Yさんも「長いこと看護師やっているけど、途中で手術室に呼ばれたのは、初めてだったので、不謹慎ながら私も・・・」とのことで、行きは声もかけられなかったそうであるが、理由がわかって二人でホッとする。


PM1:10すぎには手術室から出てくる。酸素マスクをしており、麻酔がなかなか切れない
ようで、しばらくウトウトと眠っていた。

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